【経歴】山上徹也の卒アルと学歴・郡山高校で応援団長?同志社大学進学は本当かデマか【安倍晋三元総理銃撃事件】
2022年7月8日に安倍晋三元総理が襲撃され命を落とすという戦後初の総理経験者が暗殺される後世の教科書に間違いなく載るであろう歴史的大事件が起こった。
その安倍元総理を殺めた犯人は山上徹也容疑者であり、事件現場で現行犯逮捕され、なぜ安倍晋三元総理を襲ったのたのかという原因解明を急いでいる。
そんな中、大手マスコミ達はこぞって山上徹也容疑者周辺を調べ上げ、卒アルや、小中高の学生時代を知る人物にアポを取り、どのような学生時代だったのかが明らかになってきたのだが、ここでは、山上徹也容疑者の卒アルや学生時代などについてまとめていく。
山上徹也容疑者の卒アルが開示される
安倍晋三元総理襲撃事件から2日経過しようとしているが、犯人である山上徹也容疑者の卒アルが開示された。
小学校 | 中学校 | 高校 |
---|---|---|
学生時代からは想像もできない事件を20年後に起こすのだが、卒アルを見る限りはその気配はなく、至って普通の少年、若干垢抜けていないチー牛臭がするが、いじめにあっていたというわけではないようだ。
事件2日で小中高の卒アルを開示した取材力はさすがだとは思うが、今回の事件は注目度が高いだけに比較的提供者も容易に見つかったと思われる。
あとは、いつもどおり同級生と思われる人をTwitterで見つけてハイエナ営業した甲斐があったのかもしれない。
山上徹也容疑者の学歴まとめ
そして卒アルだけでなく、山上徹也容疑者の学歴も明らかになったのだが、詳細は以下の通り。
小学校 | 伏見南小学校? |
---|---|
中学校 | 京西中学校? |
高校 | 郡山高校 |
大学 | 同志社大学?(ネットでは噂になっているが証拠なし) |
山上徹也の小学校・中学校はどこか
文春によると山上容疑者は、父親を小さい頃に亡くしており、祖父が1人で住んでいた母方の奈良市平松の一軒家に母親、妹ともに3人で移り住んだようだ。
私立の小学校に通っていたという情報もないし、そこまで金銭的に余裕はなさそうなので、近所の公立小学校に通っていたとは思われる。
小学校は伏見南小学校、中学校は奈良市立京西中学校か
ちなみに、奈良市平松が通学区域の小学校は「伏見南小学校」しかない。
また、そのまま公立中学に進学したのであれば、通学区域的に「奈良市立京西中学校」になる。
もちろんこれらは憶測であり、裏付けるものはないが、わざわざ区域外の学校に通うことは考えられないため、ほぼほぼここだろう。
あだ名が「こてつ」な小学校・中学校時代
報道でもあるように山上徹也容疑者は事件前には犯罪歴はないが、自作で銃を作るなどちょっと歪んだ思考に陥ってようだが、小学校・中学校時代は真面目な青年だったとされる。
また、小学校時代からあだ名は「こてつ」だったそうで、こういった凶悪事件あるあるだが、山上徹也容疑者の小中学校時代を知るものからすると、事件を起こすような人物には見えなかったそうだ。
小学生時代の友人
「山上くんは小学校の時、よく遊びましたよ。
近所でかくれんぼをしたり、公園でキックベースをしたり、コインランドリーに置いてある少年ジャンプを一緒に読みに行ったこともありましたね。
家にもお邪魔したことがあって、一緒にファミコンでマリオをやりました。お母さんも感じの良い優しい方で、遊びに行くと麦茶を出してくれたのを覚えています。
おとなしい子でしたが、こんな事件を起こすような人物には見えませんでした」
▶https://news.yahoo.co.jp/articles/a9e6adb34969705fc767b3b007f947c44a3e3a6b
中学時代も成績は常にトップで、とても優秀な生徒だったそうです。
小学生時代の友人
授業中、難しい問題を解説するために先生から指名されることもよくありました。
時には勉強しているのか、分厚い本を休み時間に読んでいることもありました。
かといって運動音痴でもなく、むしろ休み時間には友達と校庭でドッジボールをしている姿をよく見かけました。
▶https://news.yahoo.co.jp/articles/a9e6adb34969705fc767b3b007f947c44a3e3a6b
勉強ができるだけでなく、スポーツもできたそうで、中学時代はバスケットボール部に所属し、活発な学生時代を過ごしたとも語られている。
山上徹也の高校は郡山高校か
山上容疑者の高校も公表されていませんが報道の情報をまとめると、「奈良県立郡山高校学校」に進学したと思われる。
中学校から成績が良かったため、高校は奈良県大和郡山市の進学校である県立高校に進んでいることが報道で判明しており、そんな奈良県内の県立高校は、以下の2校のみ。
奈良県立郡山高等学校 |
奈良県立大和中央高等学校 |
それに加えて野球部が1998年の春の選抜に出場し、あの平成の怪物である松坂大輔率いる横浜高校と対戦したとも語られている。
うちの野球部は1998年の春の選抜に出場し、“平成の怪物”松坂大輔さんを擁する横浜高校と対戦しました。
公立高校でありながら全国でも勝ち進んだのは快挙で、学内の生徒は皆喜んでいました。
結果は完敗でしたが▶https://news.yahoo.co.jp/articles/a9e6adb34969705fc767b3b007f947c44a3e3a6b
このため、特定作業は割と簡単であり、上記の2校のうち、郡山高校は1998年(平成10年)春の選抜で横浜高校と対戦し、0-4で負けていることが記録されている。
また、高校の卒業アルバムを見ると学ランを着ていることが確認可能で、学ランを着る高校は郡山高校であり、もう一つの候補である大和中央高校は制服はない。
これらの理由により、山上容疑者が通った高校は、郡山高校である可能性が非常に高いことが伺える。
高校時代は応援団に所属|団長ではないのに団長というあだ名に
山上徹也容疑者は高校時代に応援団に所属していたことが取材で明らかになっている。
また、実際には団長ではなかったようだが、友人の間では敬意を称して、山上容疑者を『団長』と呼んでいたようだ。
「私は山上くんよりも1年先輩でしたが、先生が山上くんのことを『「団長」と呼ばれているすごく良い子がいる』と授業中に紹介していたことを覚えています。
彼は応援団に所属していたんです。
山上くんは背が低く小柄で『デコボコな身長差のなかで他のメンバーに負けずに頑張っているな』という印象が残っています。
山上くんはきびきびと動いていたので、さすが伝統校だなと誇りに思いました。
自衛隊員だったという過去はしっくりときましたね。▶https://news.yahoo.co.jp/articles/a9e6adb34969705fc767b3b007f947c44a3e3a6b
まさに、野球部が春の選抜で松坂大輔が投手を勤めた横浜高校と対戦した時も、その場で応援していたようだ。
海上自衛隊に入る前は大学へ進学説
山上容疑者は1999年に高校を卒業した後、2003~05年に海上自衛隊に所属しており、報道でもかならず元海上自衛隊員と強調され執拗に報道されている。
高校卒業から、海上自衛隊に入る前、1999〜2003年の4年間空白の期間があるが、ちょうど4年ということもあり、大学へ進学したのでは?と考えるひとも多い。
このあたりから、友人とも疎遠になってしまったのか、山上徹也容疑者の進路の情報は途絶えており、実際に各報道機関もこの空白期間は何をしていたかなどは報道されていない。
ただし、5chでは以下のような情報があった。
同志社大学へ進学?
5chに書かれていたことだが、民度が低い掲示板でおなじみの爆サイの奈良県雑談板にて、同志社大学工学部へ進学したみたいな書き込みがされていたようだ。
書き込みによると、高校卒業後は同志社大学、そして海上自衛隊、その後は就活の教科書で言うところの底辺にあたる、飲食店バイトを転々としていたとのこと。
もちろんこれを裏付ける情報はないのだが、まぁあり得るといえばあり得る話だが、断定はできないので注意だ。
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